8月も終わりましたね。暑くてイベント続きで怒涛のような8月でしたが、神さまの守りの中で無事に生きられたこと、感謝します。
8月最後の礼拝は「一握りの粉」と題して、語られました。
旧約聖書に登場する預言者エリヤは、神に命じられてシドンという町へ行きました。
エリヤはシドンで1人の貧しい女性に出会い、「私のためにパン菓子を用意しなさい。」と言います。
その女性には、たった「一握りの粉」しか残されていなかったのに、エリヤはそのように頼みました。
女性は当然断りましたが、エリヤは「恐れてはなりません」と再度女性を説得しました。最終的に女性はエリヤの言うとおりにしました。
すると、かめの中の粉は無くならず、壺の油も尽きることがありませんでした🏺
貧しく飢えていた女性の家族も十分に食べることができました🍞🥖
ここでわかることは、「先取りの信仰」が女性を救ったということです。
「十分に与えられたから、感謝しよう」「良いことがあったから、信じた」というだけでは、信仰は深まりません。
シドンの女性のように、「どうなるかわからない」「従ったら全て失うかもしれない」という状況の中でも、「神が言うなら」と従う、先取りの信仰を持つことで、神の手が働くチャンスを作ることができます。
「一握りの粉」
握りしめたままなら、その粉は「一握りのまま」です。
何倍にも大きくしてもらうために、手放す信仰も必要なのですね✝️
「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしはそこの一人のやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」(列王記 第一17:9 SKY2017)