ある日、お金持ちの青年がイエス様に「どうすれば天国に入れますか?」と質問しました。
イエス様は律法の中でも特に大切なものを青年に教えましたが、青年は、「それらは子どもの時から守ってきました」と答えます。
この青年は真面目に、律法を守り、正しい行いをしてきました。きっと、多くの人から、尊敬されたり、褒められたりしていたことでしょう。
しかし、イエス様の反応は違いました。
イエス様は、青年に財産を全て売り払って貧しい人に分け与えるよう勧めました。
青年は悲しんでその場を立ち去りました。
イエス様は、お金を持つことを責めたのではありません。
青年の中にたった一つ足りないものを見抜いていたのです。
それは、青年が自分の「財産」に安心を置いていたことでした。
誰しも、「これさえあれば大丈夫」と思うもの、心の拠り所を持っています。お金であったり、家族であったり、趣味であったり…
しかし、どれも、イエス様に勝る安心を約束するものではありません。
イエス様以外のものに安心を置いていませんか?
周りの人や自分の目にどう見えるかではなく、「神様がどのように見ておられるか」を中心に日々を歩めば、そこに一番大きな安心があります。
【聖書のみことば】
イエスは彼を見つめ、いつくしんで言われた。「あなたに欠けていることが一つあります。帰って、あなたが持っている物をすべて売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになります。そのうえで、わたしに従って来なさい。」
(マルコの福音書 10:21 SKY17)

